大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和37年(ネ)87号 判決

控訴人 長谷川能通

被控訴人 信田英吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し小樽市稲穂町東六丁目一九番地の二四宅地六九坪六勺を同地上の家屋番号第九四番木造亜鉛鍍金鋼板葺三階建居宅兼店舗延坪約八〇坪を収去して明渡をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の提出、援用、認否は、左のとおり附加する外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人は

一、控訴人の予備的請求は取下げる。

二、本件地上建物は昭和三四年二月一日頃朽廃してその効用を失つた。仮りにそうでないとしても昭和三七年七月三〇日には全く朽廃したか又は朽廃すべかりしものであつたから、被控訴人の借地権は既に消滅した。

と述べ、甲第一ないし第三号証、第四、五号証の各一、二、三、第六号証の一、二、第七ないし第九号証を提出し、同第三ないし第七号証は修繕前の本件家屋の写真であると附陳し、当審証人松田実、沼田通也、長谷川久子の各証言及び当審における控訴本人尋問の結果を援用すると述べ、

被控訴代理人は

一、控訴人の予備的請求の取下に同意する。

二、控訴人の二の主張事実を否認する。

と述べた。証拠〈省略〉

理由

控訴人が昭和三四年六月二九日訴外北海道土地株式会社(同会社は管理者で所有者は北海道拓殖銀行)から小樽市稲穂町東六丁目一九番地の二四宅地六九坪六勺(以下単に本件土地という)を買受け、同年七月一日その所有権移転登記をしたこと及び被控訴人が同地上に家屋番号第九四番木造亜鉛鍍金鋼板葺三階建居宅兼店舖延坪約八〇坪(以下単に本件建物という)を所有することはいずれも当事者間に争いがない。

被控訴人は本件土地につき貸借権を有すると主張するので按ずるに、原審証人中村祝三の証言により成立を認めうる乙第一号証と、原審証人中村祝三、三好羌の各証言並びに原審における被控訴本人尋問の結果と弁論の全趣旨とを綜合すると、本件土地はもと訴外北海道拓殖銀行の所有に属し、同会社はかねてより訴外北海道土地株式会社に本件土地の処分、管理の権限一切を委任し、右訴外北海道土地株式会社は昭和初年被控訴人の先代に対し木造建物の所有を目的として本件土地を貸賃し、被控訴人先代において同地上に本件建物を建築所有し、昭和一一年頃被控訴人が相続により本件建物の所有権を取得すると同時に、右土地貸借人としての地位を承継したのであるが、右土地貸賃契約においては存続期間を五年と定め、その満了毎に契約を更新し、最後に昭和三二年四月一日右契約は存続期間を五年として更新されたことが認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。そして右認定事実によれば、右土地貸賃借契約における五年の存続期間は一時使用のため借地権を設定したものと認められない本件においては、借地法第五条第一項の規定に反する契約条件であつて借地権者に不利なものと認めざるをえないから、同法第一一条によりこれを定めないものと看做され、同法第五条第一項、第二条第一項但書により建物朽廃せざる限り、最後に更新された昭和三二年四月一日より起算して二〇年となると解するのが相当であるところ、当時被控訴人が本件建物につき所有権取得登記を有していたことは弁論の全趣旨に徴し本件当事者間に争いがないから、控訴人は前記のように訴外北海道拓殖銀行の代理人たる訴外北海道土地株式会社から本件土地を買受け昭和三四年七月一日その所有権移転登記を経由すると同時に右土地の賃貸人としての地位を承継する筋合であるといわねばならない。

ところで、控訴人は本件建物は昭和三四年二月一日頃朽廃してその効用を失つたから被控訴人借地権は消滅したと主張するので按ずるに、借地法第五条第一項により建物所有を目的とする借地契約の合意更新の場合に準用される同法第二条第一項但書にいわゆる建物の朽廃とは、建物の構造の各部における材料そのものに浸透した物質的腐朽のみを指すものでなく、建物の要部に生じた腐蝕状態によつて建物全体がもはや構造上の意義を失つた場合換言すれば建物としての社会経済上の効果を失つた場合を指称すると解するのを相当とするところ、本件建物の写真であることに争いのない甲第三号証、第四、第五号証の各一、二、三、第六号証の一、二、第七号証、当審証人沼田通也の証言により成立を認めぅる甲第八号証、原審証人岩村寅一、四方みどり、吉原源吉(第一、二回)当審証人沼田通也、長谷川久子の各証言、原審における検証並びに鑑定人大野和男の鑑定の各結果を綜合すると、本件建物は小樽市の繁華街である通称都通りに面し、昭和初年間口約八、四米、奥行約一二、三米の木造二階建下見板張の建物として建築され、昭和一〇年頃道路に面する西側奥行約二、七米の部分を三階建とし、この部分をモルタル塗に改装したものであること、そして建築以来約三〇年を経過した昭和三四年七月中旬(原審において証拠保全のための検証並び鑑定が施行された)当時の本件建物の腐朽状態は、屋根、壁、二階、三階の部分には著しい廃損部分は存しなかつたが、階下土台の部分は腐蝕、老朽化が甚だしく殆どその用に堪えず、一階柱の一部は土台との接合部附近において腐蝕して耐力減退し、土台と柱、柱と梁の接合に緩みを生じた箇所もあつて、そのため建物全体がやゝ北側に傾斜しており、昭和二五年頃以降建物の正面及び両側面に末口二〇糎、長さ約九、七米の三階軒下に達する合計七本の丸太電柱材を立て建物の柱にボルト締めして建物の補強支柱としてきたけれども、右丸太支柱はいずれも特別の基礎がなく、且つ格別防腐処置を講じていないので、数年内には補強効果が失われ、建物全体が倒壊の危険にさらされるべき状態にあつたこと、及び右建物は三戸に区切られ、控訴人、訴外岩村寅一、同四方みどりの三者がかねて各自一戸を被控訴人より期限の定めなく貸料一ケ月各金二万円の約で貸借し、各一階表側部分において控訴人及び訴外岩村はそれぞれ洋服販売商を、訴外四方は菓子小売商を営み、その余の部分はいずれも住居として使用し、同三四年七月頃から約一ケ月間後記認定のように本件建物の修理工事のため一時立退いたものの、それまでの間は格別の支障なく店舖兼住居として使用を継続していたことが認められ、以上の認定を覆えすに足りる適確な証拠はない。

右認定事実によると、本件建物は昭和三四年七月当時その主要構成部分である土台が殆んど全面的に廃損し柱の一部も腐蝕老朽化しこれに基因して建物に傾斜を生じていることが明らかであるけれども、建物全体としては丸太支柱による補強と相まつてなお数年間は存立を全うし得る状態にあり、その当時店舖兼住居として使用されていたのであるから、未だ建物としての社会経済上の効用を失つていたものとは認めることができないから、その以前である昭和三四年二月一日頃既に本件建物が朽廃したとの控訴人の主張は採用できない。

次に、控訴人は昭和三七年七月三〇日頃本件建物は現実に朽廃したか又は朽廃すべかりしものであつたから右時期において被控訴人の借地権は消滅したと主張するのに対し被控訴人は昭和三四年二月一〇日頃訴外北海道土地株式会社から本件建物を修理することの承諾を受け、同年七月から八月にかけて土台その他の修理を完了しその結果、本件建物は爾後二〇年以上朽廃の虞れがなくなつた、しかも控訴人は本件土地を買受けるに当り右訴外会社がした前記修理の承諾を諒解し一切の異議を述べない旨右訴外会社に約したのであるから控訴人の右主張は失当であると抗争するのでこの点について判断する。

前段認定の事実と、原本の存在及びその成立に争いない乙第二、三号証、成立に争いない乙第四号証、原審証人吉原源吉の第一、二回証言によつて成立が認められる乙第五号証、原審証人中村祝三、三好羌、原審(第一、二回)並びに当審証人吉原源吉、原審並びに当審証人岩村寅一、同長谷川久子の各証言(但し長谷川久子は一部)原審における被控訴本人及び当審における控訴本人の各尋問の結果(但し控訴本人は一部)とを綜合すると、被控訴人は昭和三四年二月上旬頃、本件建物をそのまま放置するときは数年内に倒壊の危険にさらされるに至り、保安上も早急に修理の必要があることを察知したので、土地所有者訴外北海道拓殖銀行の代理人訴外北海道土地株式会社に対し、見積書(乙第五号証)を示し、本件建物の土台替、天井板張替、床板補足、屋根補修、外部モルタル補修その他附属工事(見積金額四八七、一〇〇円)を施工することについて承諾を求め、右土地会社の承諾をえたこと、そこで被控訴人は控訴人ら借家人三名に対し修理完了後再入居させることを条件に右工事施工の間右建物から一時退去すべきことを求め控訴人ら三名の承諾をえたので、被控訴人は建築業者訴外吉原源吉に本件建物の修理工事を請負わせ、同人は同年七月下旬頃工事に着手し、先ず建物全体を持ち上げておいて地下に割栗石を入れ、コンクリートの束石を約四十本立てて新しい土台石を置いた上、旧土台の木部を全部取り替え、柱の腐触の著しいものは新材と取り替え又は添え木を当てて補修し、内部の梁のおちかかつたところを補修して建物の傾斜を矯正した外、屋根の一部葺き替え、外部モルタル補修等の修理工事を施工し、約一ケ月間に亘り大工延約一二〇名、人夫延約八〇名を使用し、総経費約八〇万円で右工事を完了し、その結果天災その他特段の事情のない限り、本件建物は今後二〇年以上存続すべき耐久力をそなえるに至つたこと、及び被控訴人は右工事完了後直ちに控訴人ら三名の賃借人に対し賃料を一ケ月各二万五千円と改訂の上右建物に入居させ従前と同様店舖兼住居として使用されていること、その間控訴人は修理完了後再入居の条件が履行されるか否かにつき不安を感じ、その履行を確保するためには自ら建物敷地の所有者となり自己の立場を強固にするに如くはないと考え訴外北海道土地株式会社と交渉の上前記のように同年六月本件土地を買い受けたのであるが、右買受に当り訴外北海道土地株式会社が被控訴人に前記の修理を承諾したことについて何等の異議を述べず、従前と同一の条件で被控訴人に対し本件土地を引き続き賃貸する旨を右土地会社に約したことがそれぞれ認定できる。右認定に抵触する証人長谷川久子の原審並びに当審における証言及び控訴本人の当審における供述部分は前掲各証拠に照して信用し難く他に以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

叙上の事実関係によれば、昭和三七年七月三〇日当時本件建物が現実に朽廃しなかつたことは明白であるけれども、その当時本件建物が朽廃を免れえたのは、被控訴人が施工した前示修理工事により、建物の命数が著しく延長されたことによるものであることが、先きに認定した右修理工事前における本件建物の腐朽状態、修理工事の態様並びに修理後の建物の現況からしても容易に推認されるところであり、しかも右修理工事は建物の坪数、構造に変更を加えたものではないが、建物の基礎である土台部分を全面的に取替えるという大規模な工事を含んでいることを考えれば、右修理工事たるや、建物の同一性を失わしめるものではないが、建物保存のため普通になされる修繕の程度を超える大修繕に属するものと認むべきである。

このように借地権者が、その権原によつて所有する建物に、その建物が自然の命数を経過して朽廃すべかりし時期以前に、土地所有者の承諾を得た上、右建物に大修繕を加え、そのため建物の命数が延長された場合には、当該借地権は修繕後の建物が現実に朽廃するまで消滅しないものと解するのが相当である。けだし、建物の保有を眼目とする土地賃貸借において借地法第二条第一項、第五条第一項所定の存続期間の満了前当該建物が自然の推移により朽廃し、同法第二条第一項但書によればこれに因り借地権消滅すべき時期が到来する以前において、建物の命数を右時期を超えて延長するような大修繕につき土地所有者の承諾がなされたときは、特段の事情のない限りそのまま推移すれば自然の命数到来すべき時期に借地関係を消滅させることなく、大修繕により命数延長された建物が現実に朽廃するまで借地関係を存続させることの暗默の合意が借地権設定当時者間に成立したものと推認するのが相当であり、右の合意はもとより借地権者に不利なものということができないから借地法第一一条によつてその効力を妨げられないことが明らかであるからである。本件において、本件土地の前所有者訴外北海道拓殖銀行の代理人訴外北海道土地株式会社は、被控訴人が土台替工事を含む大修繕工事をなすことを予め承諾したのであり、控訴人は本件土地を買受けて賃貸人としての地位を承継したのであるから、右承諾の効果も亦当然に承継したものというべきであるのみならず、控訴人はかねてから本件建物の一部を賃借し、被控訴人が本件建物を修理することは諒解しており、しかも本件土地を買受けるに当つては右土地会社が被控訴人に対してした修繕の承諾について何等異議なく従前と同一の条件で被控訴人に対し本件土地を引き続き賃貸する旨を右土地会社に確約しているのであるから、右承諾の効果を承継するも何等不測の損害を蒙るものということができない。そして被控訴人が右承諾に基づいて大修繕を施工した工事によつて建物の命数が延長され、修繕後の建物が未だ現実に朽廃に至らないことは先に認定したとおりであるから、本件建物は昭和三七年七月三〇日頃現実に朽廃したか又は朽廃すべかりしものであつたから被控訴人の借地権は消滅したとの控訴人の主張は理由がない。

なお、控訴人は被控訴人と訴外土地会社との前記賃貸借契約の更新当時既に本件建物は朽廃していたから、右更新契約はその履行が不能で無効である旨及び訴外会社の被控訴人に対する前記大修繕の承諾ないしこれに関連してなされた控訴人と訴外会社間の約定はいずれも本件建物が既に朽廃し従つて借地権が消滅したことを知らなかつたためであるから要素に錯誤があつて無効である旨主張するけれども、控訴人主張の右更新契約等がなされた時期はいずれも昭和三四年七月以前のことに属し、当時本件建物が朽廃していたと認められないことはさきに認定したとおりであるから、控訴人の右主張は採用できない。

果してそうであるならば、被控訴人の本件土地占有は賃借権に基づく正当なものといわねばならないから、控訴人の土地所有権に基づく地上建物の収去並びに土地明渡の本訴請求は失当として棄却を免れない。従つてこれと同趣旨に出でた原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 安久津武人 藤野博雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例